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東京地方裁判所 昭和25年(ワ)6744号・昭26年(ワ)3622号 判決

被告は原告に対し東京都墨田区吾嬬町東一丁目七三番地所在木造木葉葺平家建バラツク一棟建坪六坪七合五勺を収去してその敷地二十五坪四合五勺の明渡をなせ。

反訴被告(原告)は反訴原告(被告)に対し前項記載のバラツクを明け渡し、かつ昭和二十六年八月一日より明渡ずみまで一ケ月金百八十円の割合の金員の支払をなせ。

訴訟費用は本訴及び反訴を通じこれを五分しその一を原告(反訴被告)、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

二、事  実

原告(反訴被告、以下原告と略称する)訴訟代理人は、本訴につき、主文第一項同旨及び訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、主文第一項記載の土地は訴外香取神社の所有で、訴外川上直蔵においてその借地権を有していたものであるところ、原告は昭和二十二年十一月十五日、川上から右土地の中二十四坪七合五勺の借地権を譲り受け、香取神社の承諾を得た。次いで昭和二十三年二月二十五日隣接の土地七合を香取神社より賃借し、現に主文第一項記載の合計二十五坪四合五勺の土地について賃料一ケ月金七十一円二十六銭毎月二十八日払、期限は昭和四十二年十二月末日迄の賃借権を有するのである。然るに被告は原告に対抗し得べき何等の正権原がないにも拘らず、右地上に主文第一項記載の建物を所有して原告の借地権の行使を妨害しているので原告は土地所有者に代位して被告に対し右建物を収去してその敷地の明渡を求める為本訴請求に及んだと述べ、被告の抗弁事実中(一)及び(三)は否認する。

(二)の事実中被告が川上直蔵からその所有に係る建物二戸建二階長屋の内左側の一戸を賃借して居たこと、被告主張の日に右家屋が罹災したことは認めるが、その他の事実は否認する。仮に被告がその主張のような借地権譲渡の申出をしたとしても、被告が罹災当時賃借していた建物の敷地は本件土地とは別個のものであるから本件土地について借地権譲渡の効力を生ずべき限りではない。

以上の通り述べた。

反訴原告(被告以下被告と略称する)の反訴請求につき被告の反訴請求を棄却する、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告が本件バラツクを昭和二十二年四月被告からその主張の約定で賃借し、同年十一月分からの賃料の支払をしていないこと、被告がその主張の日に、その主張のような解約申入及び催告並びに条件附契約解除の意思表示をしたことは認めるがその他の事実は否認すると述べ、原告は被告に対し次の様な反対債権を有する。

(一)  原告は被告から本件家屋を賃借するに当り権利金として金七千円

(二)  敷金として金二千円を夫々被告に支払い、同額の返還請求権を有する。

(三)  原告は本件バラツクを被告から賃借した後、右バラツクについて次のとおり有益費を支出しているからその償還請求権を有する。

一、電気工事(電気取付電線等)     一、五〇〇円

一、メートル代               八〇〇円

一、ガラス代(三八枚分 単価一三〇円) 四、七〇〇円

一、畳代(六枚分 単価八〇〇円)    四、八〇〇円

一、建具(雨戸、ガラス戸、障子)    三、〇〇〇円

一、大工(材料、手間賃)        五、〇〇〇円

一、屋根修理              二、二〇〇円

合計 二二、〇〇〇円

(四)  原告は被告が本件土地を権原なくして使用している為地主に対し本件家屋の敷地六坪七合五勺の賃料として昭和二十二年十一月分より同二十四年二月分迄計金二百六十四円六十銭、同年三月分より昭和二十五年二月分迄計金三百二十四円、同年三月分より二十六年二月分迄計金六百八十八円五十銭、合計金千二百七十七円十銭を立替え支払い被告はその出捐を免れたので被告に対し右不当利得金の返還を請求する権利がある。

原告は被告に対し以上の債権を有するので、本訴(昭和二十六年八月二十日の口頭弁論期日)において原告の延滞賃料債務とその対当額につき相殺の意思表示をする次第であると述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は本訴につき「原告の請求を棄却する」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

原告主張事実中、本件土地が訴外香取神社の所有であること、右土地につき川上直蔵が賃借権を有していたこと及び被告が右地上に原告主張のバラツクを建築所有しその敷地を占有していることは認めるが、その他の事実は知らない。

被告の本件土地の占有権原は次のとおりである。

(一)  すなわち、川上の本件土地を目的とする賃借権は昭和二十一年五月期間満了により消滅したので、被告は昭和二十二年一月五日香取神社から右土地を賃借したものである。

(二)  仮に、川上の借地権が右日時以後も存続していたとしても、被告は昭和十二年頃川上直蔵から本件地上に在つた同人所有の建物を賃借していたが、昭和二十年三月九日罹災した。そこで被告は罹災都市借地借家臨時処理法第三条により借地権者川上に対し昭和二十二年六月十日頃数回にわたり本件借地権譲渡の申出をしたが、拒絶の意思表示がなかつたので三週間を経過した後たる遅くとも同年七月十六日頃に被告は本件バラツク敷地の借地権を取得したものである。

(三)  仮に、本件土地につき被告が借地権を有しないとしても、原告は本件地上の被告所有に係るバラツクに居住しながら全然賃料の支払をなさず、被告所有のバラツクを収去する意図の下にその敷地の借地権を取得したもので原告の本訴は権利の濫用で許さるべきではない。

反訴として、「原告は被告に対し東京都墨田区吾嬬町東一丁目七三番地所在木造木葉葺平家建一棟建坪六坪七合五勺を明け渡し、かつ昭和二十二年十一月一日から右明渡ずみまで一ケ月金百八十円の割合による金員の支払をなせ。訴訟費用は原告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、反訴請求原因として、被告はその所有の本件バラツクを昭和二十二年四月原告に対し賃料一ケ月金百八十円、毎月末日払、期間の定めなく賃貸したが、被告の実弟が疎開先より帰京したけれども、居住する家がないので、被告は昭和二十六年三月二十九日書面により原告に対し本件賃貸借を解約する旨申入れ、右は同月三十日原告に到達した。

よつて、その後六ケ月を経過した同年九月三十日限り本件賃貸借は終了したのである。

仮に、右解約申入による賃貸借終了の主張が理由ないとしても、原告は昭和二十二年十一月分以後の賃料の支払をしないので、被告は昭和二十六年九月六日原告に対し書面により昭和二十二年十一月一日から昭和二十六年八月末日迄の延滞賃料を書面到達の日より五日以内に支払うこと、若し、これに応じなければ本件契約を解除する旨の催告並びに条件附契約解除の意思表示を発し、右は同月七日原告に到達したが、原告においてその履行をしなかつた為、右催告期間満了の日たる昭和二十六年八月十二日の経過と共に契約は解除されたのである。

そこで、被告は原告に対し賃貸借契約の終了を原因として、右家屋の明渡し及び昭和二十二年十一月一日からその明渡ずみまで一ケ月金百八十円の割合による延滞賃料及び損害金の支払を求める為反訴請求に及ぶと述べ、原告の抗弁事実を否認した。<立証省略>

三、理  由

先ず本訴について判断する。本件土地が訴外香取神社の所有であること、被告が本件地上に原告主張のバラツク一棟を建築所有していることは当事者間に争がない。

而して、原告が香取神社から本件土地を原告主張の約定で賃借したことは弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第一乃至第四号証並びに証人川上美智子、同松原彰(第一回)の各証言及び原告本人尋問の結果により明かであつて他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

次に、被告主張の(一)の抗弁につき按ずるに、被告の全立証によるも之を認めることができない。(二)の抗弁については、被告が川上直蔵からその所有に係る建物を賃借して居たところ、昭和二十年三月九日罹災したことは当事者間に争がない。然し、証人川上美智子、同松原彰(第一回)同梶山子戊孝の各証言並びに被告本人尋問の結果によれば、被告が罹災当時賃借して居た家屋の敷地部分は本件土地に該当しないことが認められる。然らば被告が罹災都市借地借家臨時処理法第三条に基く借地権譲渡の申入により本件借地権を取得したとする被告の主張は爾余の判断をする迄もなく失当と謂わなければならない。

他に、被告の本件土地の占有が正権原に基くことの主張立証のない本件においては、被告の占有は不法のものと断ずるの外はない。

被告主張の(三)の抗弁については、原告が被告主張の意図の下に本件借地権を取得した事実を認めることができず、却て、証人川上美智子の証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は被告から本件地上の建物を賃借したが、その後に至りその敷地の借地権者川上直蔵から右地上の家屋が同人に対抗し得べき権原のない不法占有であることを理由として善処方を要請せられたので、原告は屡々被告に対し川上からその借地権の譲渡を受けるようすすめたが、被告においてこの措置に出でなかつた為、原告はこの侭推移するときは家屋の収去を求めらるるに至るべきことをおそれ借地権を譲り受けたものであることが明かである。

とはいえ、原告は右地上の家屋を現に被告から賃借しているのであるから、右家屋を買取ることにより事態の収拾を図るのが至当の策であり、又最も常識的な方法であることは多言の要を見ないところであつて、被告に対し家屋収去を求めるのは些か酷に失するの憾みなきを得ないのであるが、被告が右家屋の敷地につき権原を有しないこと叙上のとおりであるので、原告の本訴請求を権利の濫用とする被告の抗弁は失当たるを免れない。

以上のとおりであるから、原告が本件土地の借地権に基ずき賃貸人たる香取神社に代位して、本件家屋を収去してその敷地の明渡を求める本訴請求は正当として認容すべきものである。

次に反訴について判断する。原告が昭和二十二年四月被告から本件家屋をその主張の約定で賃借したこと、被告がその主張の日時に原告に対し解約申入をしたことはいずれも当事者間に争がないが、被告主張の事実丈では未だ以て解約申入をするに付ての正当事由があるものとは認められないから、右主張は採用に値しない。

被告は、解約申入を理由とする請求が容れられないとしても、原告の賃料債務の不履行により本件賃貸借契約を解除したと主張するので、この点に付按ずるに、原告が被告主張の時から本件家屋の賃料の支払をしなかつたこと、被告主張の日に被告が原告に対し被告主張の催告並びに条件附契約解除の意思表示をしたこと及び原告が右催告期間を徒過したことはいずれも当事者間に争のないところである。

従つて、本件賃貸借契約は催告期間満了の昭和二十六年九月十二日の経過と共に解除されたものと言うべく、被告が原告に対し、本件バラツクの明渡を求める請求は正当として認容する。

次に、被告の延滞賃料並びに損害金の請求につき按ずるに、原告が昭和二十二年十一月一日以後本件家屋の賃料の支払をしないことは原告の認めるところである。

そこで、原告の相殺の抗弁につき判断する。

(一)  原告が本件家屋を賃借するに当り、被告に対し(一)の金員を支払つたことは成立に争のない甲第五号証により明かであるから、被告は不当利得としてこれを原告に返還すべき義務あるものと言わなければならない。尤も、権利金の授受は地代家賃統制令の禁ずるところであつて、不法原因給付に該当するけれども、不法の原因が被告についてのみ存するものと解せらるべきであるから、その返還請求権に消長を及ぼすものではない。

(二)  本件家屋の賃貸借に当り、原告が被告に対し、敷金として金二千円を支払つたことは成立に争のない甲第六号証により明かである。

然し、敷金が差し入れてある場合、賃貸借終了の際に賃借人の負担する延滞賃料債務は敷金額の範囲内に於て当然消滅するものであるから、賃借人は賃貸人より延滞賃料の請求を受けるも敷金返還請求権を以て相殺を対抗することを要しないし、又出来ないのである。

従つて、原告の賃料延滞債務は昭和二十三年九月分までの分及び同年十月分の中金二十円が消滅したこと計数上明かである。

(三)  原告がその主張のような畳及び建具を本件家屋に附加したことは原告本人の供述により明かであるけれども、右は民法第二四二条但書により之を附加した原告の所有に帰するものであつて、原告が、その価格を以て有益費に該るとなしその償還を請求するのは失当たるを免れない。

若し、右の請求が造作の買取請求をなし、その代金の支払を求むるに在るとしても、原告が右造作を附加するにつき被告の承諾を得たことを認めるに足る証拠は存しない。のみならず、およそ造作の買取請求は、一つには賃借人の附加した造作を家屋から除去することにより家屋の価値が減少することを防止し、二つには兼ねて賃借人が賃借家屋に投下した資本の回収に便ならしめることを目的としたものである。

従つて、賃貸人が賃貸借終了により賃貸家屋を回復した上その本来の使用方法に従い利用出来る場合にのみ右の二つの目的が調和的に達せられるのであるから、造作の買取はこのような場合に限り認められるべきものと解しなければならない。然るに、右家屋が収去せらるべき運命にあることを叙上のような本件においては、被告としては造作の附加されることによる家屋の利用価値の増加を享受するに由ないから、前記第二の目的は、民法第六一六条により準用せらるる第五九八条により右造作を収去する方法によることを以て満足するの外なく、以上いずれの点よりするも原告のこの抗弁は失当である。

その余の有益費償還請求も亦、被告が増加価格による利益を享け得ないこと前段説示のとおりであるからその余の点に付判断する迄もなく排斥を免れない。

(四)  原告がその主張のような地代の支払をしたことを認めるに足る何等の証左がないから、(四)主張の反対債権を以てする相殺の抗弁は失当である。

結局、原告の相殺の抗弁は(一)の反対債権を以てするものに限り之を認容すべきものであつて、被告の延滞賃料債権が敷金の範囲内において消滅したこと前認定のとおりであるところ、原告が相殺の意思表示をしたのが昭和二十六年八月二十日であること訴訟の経過に徴し明かであるから、原告の(一)の反対債権に基ずく相殺により昭和二十六年七月分迄の延滞賃料債権が消滅したものと言うべく、被告の延滞賃料及び損害金の請求は昭和二十六年八月一日から右家屋明渡ずみまで一ケ月金百八十円の割合の金員の支払を求める限度においてのみ正当として認容すべく、その余の請求は失当として棄却すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九二条を適用し、仮執行の宣言はつけないのを相当と認めその宣言をしない。

(裁判官 岡部行男)

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